次世代シーケンサー(NGS)の原理と技術

次世代シーケンサー(NGS)の原理と技術

次世代シーケンサー(Next-Generation Sequencer, NGS)は、DNAの塩基配列を高速かつ大量に読み取る技術で、従来のサンガーシーケンシングと比較して、劇的なスループットの向上を実現しています。

NGS技術は、ゲノム解析、トランスクリプトーム解析、メタゲノム解析、エピゲノム解析、臨床応用など、多岐にわたる分野で利用されています。

ここでは、NGSの基本原理と主要な技術を紹介します。

次世代シーケンス(NGS)の基本原理

次世代シーケンス(NGS)の基本原理

次世代シーケンスの基本原理を実験の流れに沿って説明します。

NGSのステップは大きく次の3つです。

NGSの流れ
  1. ライブラリー調製(Library Preparation)
    1-1:DNAの断片化
    1-2:アダプターの付加
    1-3:PCR増幅
  2. DNA断片の増幅(Amplification)
    a)クラスター生成
    b)エミュルジョンPCR(emPCR)
  3. シーケンシング(Sequencing)

順番に説明します。

ライブラリー調製(Library Preparation)

ライブラリー調製は、シーケンシングのためにDNA断片を準備するステップです。

以下の順番でライブラリーを作製します。

DNAの断片化

DNAを物理的または化学的な方法で短い断片に切断します。

断片化の方法としては、超音波処理、酵素消化、断片化キットの使用などがあります。

断片化の目標は、均一なサイズのDNA断片を得ることです。

アダプターの付加

断片化されたDNAの両端にアダプターと呼ばれる短いDNA配列を付加します。

アダプターは、PCR増幅やシーケンシングの開始点として機能します。

アダプターの付加は、ライゲーション(酵素反応)またはtagmentation(トランスポゾンを用いた断片化とアダプター付加の同時処理)によって行われます。

PCR増幅

アダプターが付加されたDNA断片をPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)によって増幅します。

十分な量のライブラリーを得るために数十サイクルのPCRを行うことが一般的です。

DNA断片の増幅(Amplification)

ライブラリー調製後、DNA断片をさらに増幅します。

次世代シーケンサーのプラットフォームごとに異なる増幅方法が用いられますが、一般的な方法としてクラスター生成エミュルジョンPCRがあります。

クラスター生成

クラスター生成の目的は、各DNA断片を多数のコピーに増幅し、フローセル(flow cell)上で高密度に配置することです。

これにより、各クラスターが個別のシーケンシング反応を行い、蛍光信号を強化して検出しやすくします。

特にイルミナシーケンシングでは、クラスター生成の効率がデータの質に直接影響するため、非常に重要です。

クラスター生成の詳細な手順

1.ライブラリー調製

DNA断片を準備し、アダプターを両端に付加します。アダプターには、特定の配列(P5とP7)が含まれており、これがフローセル上の対応するオリゴヌクレオチドに結合します。

2.フローセルの準備

フローセルは、ガラス製のスライドであり、その表面にはオリゴヌクレオチドが固定されています。
P5とP7アダプターに対応するオリゴヌクレオチドが配置されており、DNAライブラリーがこれらのオリゴに結合します。

3.DNAの結合

ライブラリー中のDNA断片が、フローセル上のオリゴヌクレオチドにハイブリダイズ(結合)します。
P5アダプターとP7アダプターがそれぞれ対応するオリゴヌクレオチドに結合することで、DNA断片はフローセル表面に固定されます。

4.ブリッジPCR

固定されたDNA断片は、隣接するオリゴヌクレオチドにブリッジ状にアニーリング(結合)します。
このステップで、フローセル上のオリゴヌクレオチドにハイブリダイズしたDNA断片は、DNAポリメラーゼによって増幅され、新しいDNA鎖が合成されます。

5.二本鎖DNAの変性

PCRサイクルにより、生成された二本鎖DNAは変性され、一本鎖に分離されます。このプロセスは、通常のPCRと同様に高温で行われます。

6.ブリッジの形成

一本鎖DNAがフローセル表面の他のオリゴヌクレオチドにブリッジ状にアニーリングします。
これにより、ブリッジPCRのサイクルが繰り返され、各DNA断片の多数のコピー(クラスター)が生成されます。

7.クラスターの増幅

何度もブリッジPCRを繰り返すことで、各クラスターには約1000から数百万の同一DNA断片が含まれるようになります。
これにより、各クラスターが強い蛍光信号を発することが可能になります。

8.クラスターの固定

  1. 最終的に、クラスターは固定され、シングルストランド(一本鎖)状態になります。この状態で、シーケンシングバッファーとフルオロフォア標識ヌクレオチドを添加し、シーケンスバイシンセシスが行われます。

エミュルジョンPCR(emPCR)

エミュルジョンPCR(emPCR)は、次世代シーケンシング(NGS)やその他の分子生物学的アプリケーションで使用されるPCR技術の一種です。
この技術は、単一のDNA分子を多数のコピーに増幅するために、油と水のエマルジョンを利用します。
emPCRは、従来のPCRと同様に、DNAの増幅を目的としていますが、その方式にはいくつかの独特の特徴があります。以下に、emPCRの原理と手順を説明します。

エミュルジョンPCRの原理

emPCRの基本原理は、DNA断片を個々の液滴内に閉じ込め、その液滴内でPCR反応を行うことです。

これにより、各液滴が独立した微小反応チャンバーとなり、複数のPCR反応が並行して行われます。

エミュルジョンPCRの詳細な手順

1.ライブラリー調製

シーケンシングの対象となるDNA断片を準備し、アダプターを両端に付加します。アダプターは、後のステップでビーズに結合するための配列を含んでいます。

2.ビーズとDNAの混合

アダプターが付加されたDNA断片を、ビーズ(通常は磁性ビーズ)と混合します。
各ビーズには、アダプター配列に対応するオリゴヌクレオチドが結合しています。このステップでは、理想的には一つのビーズに一つのDNA断片が結合するようにします。

3.エマルジョンの生成

ビーズとDNAの混合物を、油と水のエマルジョンを生成するための油相と混合します。
エマルジョンは、撹拌や超音波処理などの方法を用いて生成されます。
ビーズとDNA断片が含まれる液滴が形成され、各液滴は独立したPCR反応チャンバーとなります。

4.エミュルジョンPCR反応

生成されたエマルジョンをPCRサイクラーにかけ、PCR反応を行います。
各液滴内で、DNA断片がビーズに結合した状態で増幅されます。
PCRサイクルの温度変化(変性、アニーリング、伸長)は従来のPCRと同様に設定されます。

5.エマルジョンの破壊とビーズの回収

PCR反応が完了した後、エマルジョンを破壊し、ビーズを回収します。
ビーズには、増幅されたDNA断片が多数結合しています。
エマルジョンを破壊するために、有機溶媒や洗剤を使用します。

6.洗浄と精製

回収されたビーズを洗浄し、非特異的な結合物を除去します。

純度の高いビーズ結合DNAライブラリーが得られます。

シーケンシング(Sequencing)

シーケンシングは、DNA断片の塩基配列を決定するステップです。

NGS技術では、並列で多数のDNA断片を同時に読み取ることができるため、高速で大量のデータが得られます。

主要なNGS技術

主要なNGS技術

主要なNGS技術には、イルミナ(Illumina)、パックバイオ(PacBio)、オックスフォード・ナノポア(Oxford Nanopore)、SOLiD(Sequencing by Oligonucleotide Ligation and Detection)などがあります。

イルミナ(Illumina)シーケンシング

原理

イルミナシーケンシングは、シーケンスバイシンセシス(sequencing-by-synthesis)の方法を使用します。

断片化されたDNAをブリッジPCRにより増幅し、クラスターを形成します。その後、フルオロフォア(蛍光色素)で標識されたヌクレオチドを用いて塩基配列を読み取ります。

クラスター生成

フローセル上でアダプターが結合されたDNA断片を固定し、ブリッジPCRによりクラスターを生成します。これにより、フローセル上に数百万から数十億のクラスターが形成されます。

シーケンスバイシンセシス

フローセル上の各クラスターに対して、シーケンスバッファーとフルオロフォアで標識されたヌクレオチドを添加します。

DNAポリメラーゼが新しいDNA鎖を合成する際、各ヌクレオチドが取り込まれると、対応する蛍光信号が発生します。蛍光信号は、カメラで検出され、各クラスターの塩基配列が読み取られます。

特徴

  • 高精度で大量のデータを生成。
  • マルチプレックスが可能で、多数のサンプルを同時に解析できる。
  • 通常、ペアエンドリード(両端から読み取る)が用いられ、リードの精度とアセンブリが向上します。

 パックバイオ(PacBio)シーケンシング

原理

パックバイオシーケンシングは、シングルモレキュールリアルタイム(SMRT)シーケンシング技術を使用します。

この技術では、一本鎖DNAを環状にし、ポリメラーゼで合成される新しいDNA鎖をリアルタイムで観察します。

SMRTセル

SMRTセルと呼ばれるナノ構造のウェルに一本鎖DNAを固定し、ポリメラーゼがDNA鎖を合成する際の蛍光信号を検出します。

各塩基が取り込まれるたびに発生する蛍光パルスをリアルタイムで記録し、塩基配列を決定します。

特徴

  • 長いリード長が得られるため、複雑なゲノム構造の解析に適している。
    エラー率は高めだが、リードの長さによりコンセンサスシーケンスで精度を向上可能。
    長いリードを利用して、遺伝子の全長をカバーし、構造変異や繰り返し配列の解析に有用。

オックスフォード・ナノポア(Oxford Nanopore)シーケンシング

原理

オックスフォード・ナノポアシーケンシングは、ナノポア(ナノスケールの孔)を通過するDNA鎖の塩基配列を電気抵抗の変化として読み取る技術です。

ナノポア技術

膜に埋め込まれたナノポアを通過するDNA分子が、ポアを通過する際に電流の変化を引き起こします。

各塩基がポアを通過する際に特有の電気信号を生成するため、その信号を解析して塩基配列を決定します。

特徴

  • 非常に長いリードを生成できる(数キロベースからメガベースまで)。
  • ポータブルで、リアルタイムのデータ取得が可能。
    シンプルなライブラリー調製で、迅速にシーケンシングを開始できる。

 SOLiDシーケンシング

原理

SOLiDシーケンシングは、リガーチェーンテクノロジー(sequencing-by-ligation)を使用します。この技術では、4色の蛍光標識プローブが特定の塩基に結合し、次々と塩基配列を読み取ります。

リガーチェーンテクノロジー

短い蛍光標識プローブをDNAテンプレートにリガーゼで結合し、特定の塩基を認識します。各プローブが結合する際に発生する蛍光信号を検出し、塩基配列を決定します。

特徴

  • 高い精度で短いリードを生成。
  • 高スループットだが、ライブラリー調製が複雑。
  • 多重シグナルデコード方式を使用し、エラー訂正能力が高い。

NGSが利用されている分野

NGSが利用されている分野

ゲノム解析

NGSは、全ゲノムシーケンシング(WGS)を行うために広く使用されます。

ゲノム全体の塩基配列を解析し、遺伝子の構造や機能を明らかにします。ヒトゲノムやモデル生物のゲノム解析、進化研究などに利用されています。

エピゲノム解析

NGS技術は、DNAメチル化やヒストン修飾などのエピジェネティックな変化を解析するために用いられます。

エピジェネティクスは、遺伝子発現の制御や疾患の発症に重要な役割を果たしており、エピゲノム解析によってこれらの変化を高精度で解析できます。

トランスクリプトーム解析

RNAシーケンシング(RNA-Seq)を用いて、遺伝子発現の全体像を解析します。

RNA-Seqは、転写産物の量的および質的な解析を可能にし、遺伝子発現プロファイルの比較やスプライシングバリアントの解析に利用されます。

メタゲノム解析

環境中の微生物群のDNAを解析し、微生物多様性や機能を明らかにします。

メタゲノム解析は、土壌、海洋、腸内フローラなどの複雑な微生物コミュニティを解析するために使用されます。

臨床応用

NGSは、遺伝子診断や個別化医療のために利用されています。

患者のゲノム情報を解析し、疾患の原因となる遺伝子変異を特定することで、治療法の選択や予後の予測に役立ちます。また、腫瘍の遺伝子プロファイルを解析して、がん治療のターゲットを特定することも可能です。

参考文献

1. Metzker, M. L. (2010). Sequencing technologies – the next generation. Nature Reviews Genetics, 11(1), 31-46.
2. Mardis, E. R. (2008). Next-generation DNA sequencing methods. Annual Review of Genomics and Human Genetics, 9, 387-402.
3. Reuter, J. A., Spacek, D. V., & Snyder, M. P. (2015). High-throughput sequencing technologies. Molecular Cell, 58(4), 586-597.
4. Goodwin, S., McPherson, J. D., & McCombie, W. R. (2016). Coming of age: ten years of next-generation sequencing technologies. Nature Reviews Genetics, 17(6), 333-351.
5. Eid, J., Fehr, A., Gray, J., Luong, K., Lyle, J., Otto, G., … & Turner, S. (2009). Real-time DNA sequencing from single polymerase molecules. Science, 323(5910), 133-138.
6. Deamer, D., Akeson, M., & Branton, D. (2016). Three decades of nanopore sequencing. Nature Biotechnology, 34(5), 518-524.
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8.Shendure, J., & Ji, H. (2008). Next-generation DNA sequencing. Nature Biotechnology, 26(10), 1135-1145.

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