はじめに
コロナウイルス自体は、過去何世紀にもわたって地球上に存在しています。コロナウイルスが脅威をもたらしたのは、新型コロナウイルス「SARS-CoV-2」だけでなく、2002年のSARS-CoV、2012年のMERS-CoVと過去2回ありました。しかし、それら過去2回流行したコロナウイルスと異なり、COVID-19(SARS-CoV-2を原因とする重症急性呼吸器症候群)の罹患率および死亡率を考えると、効果的な治療薬およびワクチンが開発される必要があります。
糖鎖の機能
現在進行中のCOVID-19ワクチン開発のターゲットは、主にコロナウイルス膜貫通型スパイク(S)糖タンパク質に焦点が当てられています。その理由は、ウイルス表面にあるスパイク(S)糖タンパク質がヒト細胞表面のアンジオテンシン変換酵素 2(Angiotensin-converting enzyme 2;ACE2)受容体に結合することで、ウイルスがヒト細胞内に侵入するからです。
S糖タンパク質とACE2受容体は、どちらも広範囲に糖鎖化されていることが知られています。糖鎖は、その複雑さと限られたスループットのために、特定の糖鎖が大規模に研究されることは少ないですが、多くの糖タンパク質の全体的な構造と機能の重要な部分を決定しています。
ウイルスの研究分野では特に糖鎖は重要です。
宿主は、多様な糖鎖のパターンを利用してウイルスの侵入を回避しようとする一方で、ウイルスもまた糖鎖のパターンを利用して宿主の免疫応答から回避しようとします。糖鎖を解析して定量化したり、観察された変化の原因と結果を理解することは容易ではありませんが、ある現象の全体像を把握するためには、すべての研究に糖鎖を含めることが不可欠です。
最もよく知られている抗ウイルス薬の一つであるタミフルは、ヒト細胞表面のシアル酸を切断する酵素を阻害することで、ウイルスの宿主への感染能力を阻害します。
コロナウイルス(SARS-CoV)とアンジオテンシン変換酵素 2(ACE2)
これまでの研究では、ACE2のグリコシル化を阻害しても細胞表面での発現やSARS-CoVのS糖タンパク質との結合には影響しないものの、細胞内へのウイルスの侵入が阻害され、結果として感染性ウイルスの産生が減少することが示されています。
ACE2の糖鎖プロファイルのどのような変化がウイルス受容体への親和性にどのような影響を与えるかはいまだ不明です。現時点では、研究のほとんどが非ネイティブ細胞で発現した組換えタンパク質で行われているため、実際のS糖タンパク質とACE2の相互作用における糖鎖の役割は明らかになっていません。
COVID-19の治療薬開発
COVID-19の治療薬として、すでに臨床試験が行われている十数種類の候補薬の中で、よく知られている抗マラリア薬であるクロロキン(Chloroquine)とその代替薬であるヒドロキシクロロキン(hydroxychloroquine)が注目されています。
これらの化合物はどちらも細胞内小器官のpHを上昇させ、ACE2受容体のグリコシル化プロファイルを変化させることで、in vitroでのSARS-CoV-2の感染を阻害し、その結果、宿主細胞の侵入とその後のウイルス複製を阻害するものです。
COVID-19の診断、治療、予防を実現するには、糖鎖の役割についての研究し、これらの複雑な構造を理解する必要があります。
参考文献
Mislav Novokmet, Maja Pučić Baković, Gordan Lauc(2020)Understanding Glycans in COVID-19 Drug Design.
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