金沢大学ナノ生命科学研究所の華山力成教授,河原裕憲助教,医薬保健研究域医学系の中田光俊教授,筒井泰史特任助教の研究グループは,細胞外小胞(※1)による神経膠腫の進展(浸潤・転移)機構の解明に成功しました。
研究概要
神経膠腫は脳腫瘍の中で最も悪性度が高く,集学的治療を施しても平均生存期間が約2 年と非常に予後が悪い腫瘍です。そのため,その進展機構の早急な解明と新規治療法の開発が望まれています。
今回,本研究グループは,腫瘍が分泌する細胞外小胞が,腫瘍関連分子 WT1(※2)を腫瘍周囲の細胞へと送達することで新たな血管を作り出し,腫瘍にとって浸潤・転移を起こしやすい環境を構築することを見いだしました。
まず,腫瘍細胞をマウス脳内へと移植した脳腫瘍モデルマウスにおいて,腫瘍による細胞外小胞の産生を抑えることで,脳腫瘍サイズが縮小し,浸潤・転移が抑えられ,マウスの生存期間が延長することが分かりました。
次に,腫瘍から分泌された細胞外小胞が,腫瘍周囲のミクログリア(※3)に取り込まれ,ミクログリア内の遺伝子発現を調整することで,血管新生を促進することを示しました。
さらに,その遺伝子の発現調整因子である WT1 がヒト患者由来の腫瘍由来細胞外小胞に含有されており,ミクログリアによる血管新生能を制御することを明らかにしました。
本研究により,神経膠腫の進展に細胞外小胞が深く関与しており,その産生を抑えることで,腫瘍の浸潤・転移を抑えることができる可能性が示されました。今後,神経膠腫の早期発見や予後診断,新たな治療法の開発へと研究が発展することが期待されます。
本研究成果は,2020 年 5 月 28 日に英国科学誌『Carcinogenesis』に掲載されました。
研究の背景
近年,免疫・神経・がんなどさまざまな医学研究分野において,細胞外小胞の研究が進められています。
細胞外小胞は体内のほぼ全ての細胞が分泌する内因性の微粒子であり,分泌細胞に特異的なタンパク質や核酸・脂質などを含有しています。これらの構成成分は細胞・疾患ごとに異なっているため,血液や尿などの体液から採取した細胞外小胞は,病気の早期発見や予後診断のバイオマーカーとして期待されています。
また,細胞外小胞はこれらの分子を周囲の細胞へと送り届けることでさまざまな細胞応答を引き起こし,種々の生命現象や疾患の発症に関与することが示されています。
今回,本研究グループは,神経膠腫の進展における腫瘍由来細胞外小胞の関与を検討しました。神経膠腫は脳腫瘍の中で最も悪性度が高く,手術や放射線治療・抗がん剤治療を組み合わせた集学的治療を施しても平均生存期間が約 2 年と非常に予後が悪い腫瘍です。そのため,その進展機構の早急な解明と新規治療法の開発が望まれています。
研究成果
本研究グループは,細胞外小胞の産生に関与する分子を欠損させた神経膠腫細胞株を樹立し,その細胞をマウス脳内へと移植した脳腫瘍モデルマウスを作製しました。その結果,細胞外小胞産生を抑えることで,脳腫瘍サイズが 1/10 以下に縮小し,脳内での浸潤・転移が抑えられ,マウスの生存期間が 25%延長することが明らかになりました(図1)。
次に,腫瘍が放出した細胞外小胞が,腫瘍周囲のミクログリアに取り込まれ,血管新生の阻害因子であるトロンボスポンジン(※4)の遺伝子発現を低下させることで,ミクログリアによる血管新生を促進することを見いだしました。さらに,トロンボスポンジンの遺伝子発現を低下させる WT1 が,神経膠腫患者の腫瘍由来細胞外小胞に含有されており,ミクログリアによる血管新生能を制御することを示しました(図 2)。
今後の展開
本研究により,神経膠腫において,腫瘍が分泌する細胞外小胞がミクログリアによる血管新生を増強し,腫瘍の浸潤・転移を促進する腫瘍微小環境(※5)の構築に関与する分子機構が明らかとなりました。今後,その制御に関わる細胞外小胞内の WT1 量を測定することにより,神経膠腫の早期発見や予後診断が可能になると考えられます。さらに,細胞外小胞の産生や WT1 タンパク質量を低下させる方法を研究する
本研究成果は,2020年5月28日に英国科学誌『Carcinogenesis』に掲載されました。
掲載論文
雑誌名:Carcinogenesis
論文名:Glioma-derived extracellular vesicles promote tumor progression by conveying WT1
(神経膠腫由来の細胞外小胞は WT1 を送達することで腫瘍の進展を促進する)
著者名:Taishi Tsutsui, Hironori Kawahara, Ryouken Kimura, Yu Dong, Shabierjiang Jiapaer, Hemragul Sabit, Jiakang Zhang, Takeshi Yoshida, Mitsutoshi Nakada & Rikinari Hanayama
(筒井泰史,河原裕憲,木村亮堅,董宇,サビエルジャンジャパル,淑瑠ヘムラサビット,張家康,吉田孟史,中田光俊,華山力成)
掲載日時:2020 年 5 月 28 日にオンライン版に掲載
DOI:10.1093/carcin/bgaa052
用語解説
※1 細胞外小胞
細胞が分泌する脂質二重膜に覆われた小胞のこと。分泌細胞由来のタンパク質やRNAなどの核酸,脂質などを含んでおり,さまざまな細胞間情報伝達を担っている。
※2 WT1
Wilm’s tumor-1遺伝子からつくられるタンパク質。小児腎臓腫瘍の原因遺伝子として発見されたが,白血病や肺がんなど,多くの腫瘍細胞に発現している。
※3 ミクログリア
中枢神経系における免疫細胞の一種。免疫のみならず,腫瘍の増大や浸潤,血管新生,薬剤抵抗性などにも関与することが知られている。
※4 トロンボスポンジン
細胞の移動・接着・増殖などさまざまな機能に関与するタンパク質。血管新生を阻害する。
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